この「スクラップブックから」シリーズも、今回で14回目となる。 始めたときは、こんなに続くとは思わなかった。
それでも、スクラップブックNO.76〜48、新しい方から29冊分のピックアップである。 半分もチェックしていないのである。 残すは47冊、この先どれだけ続くのか。 自分でも分からない。
今回は、2005〜7年頃の『日本経済新聞』大学欄のコラム「まなび再考」からです。 文中にもある、「とてもさわやかで、かっこいい」女子学生の、就職=進路選択の話です。 おそらく今、彼女は世の中に役立つ素敵な仕事人生を歩んでいることだろう。
「まなび再考」 進路の選択 自分の価値観を大切に お茶の水女子大学教授 耳塚寛明
今春卒業した学生の一人が、公務員試験の合格通知を二通手にした。 ひとつは公務員試験の最難関、いわゆるキャリアとして他の採用区分とは比較にならない出世″と権限が、ほぼ約束された仕事である。 いまひとつは、相対的にいって地味″な専門職的公務員。 新卒当初こそ待遇は同じだが、その後の地位には大きな差がでる。 とはいえ競争率二十倍以上、難関であることは間違いない。 私は彼女の顔を見るたびに、前者を選んで偉くなったほうがいいと口説き続けた。 しかし彼女が選択したのは、地味なほうだった。 なぜキャリアを選ばなかったのかと、卒業式の後の謝恩会で、再度尋ねた。 官庁訪問の面接で「一緒に働きたいという気持ちになれなかった。日本の将来を真剣に考えているようには思えなかった」という答えが返ってきた。 誰からも同じ問いをぶつけられてきたのだろう、憮然(ぶぜん)とした表情で、しかしきっぱりと、そう答えた。 エリートへの道を捨てる。 彼女は、就職後の厳しい競争を回避しようとしたわけではない。 意欲を向ける対象を、自らの価値に従って素直に選び取ったにすぎない。 とてもさわやかで、かっこいい。 この会話を横で聞いていた同僚が、「賢明な選択だ」とつぶやいた。 宝物が巣立っていくのを見送る――教育機関で働く者の特権である。
2020.5.26
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