■ スクラップブックから M学生の就職 賢明な選択2020.5.26


この「スクラップブックから」シリーズも、今回で14回目となる。
始めたときは、こんなに続くとは思わなかった。

それでも、スクラップブックNO.76〜48、新しい方から29冊分のピックアップである。
半分もチェックしていないのである。
残すは47冊、この先どれだけ続くのか。
自分でも分からない。

今回は、2005〜7年頃の『日本経済新聞』大学欄のコラム「まなび再考」からです。
文中にもある、「とてもさわやかで、かっこいい」女子学生の、就職=進路選択の話です。
おそらく今、彼女は世の中に役立つ素敵な仕事人生を歩んでいることだろう。

「まなび再考」
進路の選択
自分の価値観を大切に
  お茶の水女子大学教授 耳塚寛明

 今春卒業した学生の一人が、公務員試験の合格通知を二通手にした。
 ひとつは公務員試験の最難関、いわゆるキャリアとして他の採用区分とは比較にならない出世″と権限が、ほぼ約束された仕事である。
いまひとつは、相対的にいって地味″な専門職的公務員。
新卒当初こそ待遇は同じだが、その後の地位には大きな差がでる。
とはいえ競争率二十倍以上、難関であることは間違いない。
私は彼女の顔を見るたびに、前者を選んで偉くなったほうがいいと口説き続けた。
しかし彼女が選択したのは、地味なほうだった。
 なぜキャリアを選ばなかったのかと、卒業式の後の謝恩会で、再度尋ねた。
官庁訪問の面接で「一緒に働きたいという気持ちになれなかった。日本の将来を真剣に考えているようには思えなかった」という答えが返ってきた。
誰からも同じ問いをぶつけられてきたのだろう、憮然(ぶぜん)とした表情で、しかしきっぱりと、そう答えた。
 エリートへの道を捨てる。
彼女は、就職後の厳しい競争を回避しようとしたわけではない。
意欲を向ける対象を、自らの価値に従って素直に選び取ったにすぎない。
とてもさわやかで、かっこいい。
この会話を横で聞いていた同僚が、「賢明な選択だ」とつぶやいた。
 宝物が巣立っていくのを見送る――教育機関で働く者の特権である。

2020.5.26




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