『武田鉄矢の心がまたひとりごと』を読み終えた。 『ふられ虫の唄』『母に捧げるバラード』と並ぶ、武田鉄矢エッセイ3部作の最後の作品である。
前2作のようなギラギラとしたガムシャラさは消え去り、「・・・でございます」「・・・ですね」といった語尾がやたらと多く最初は違和感を覚えた。 妙にへりくだったような、妙に悟ったような、何だか武田らしくないのだ。 それも読み進めるうちに慣れてきて、思わず吹き出してしまったりして、楽しく読み終えた。 やはり筆力のなせる業であろう。
最終章の最後「武田さん、辛ければ、辛ければ、泣けばいいじゃないですか!」の中に書かれていることがとても良かった。 紹介しよう。
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山田洋次監督、「シナリオなどでも根気よく書き続けているうちに、少しずつ絶対といいますか、最高の表現に近づいていくのはたしかなんです。じつは、その根気よくやりつづけること自体が、才能というものではないでしょうか」 そうなんですよね。 才能があるからものごとをうまくやれるわけじゃないんです。 ものごとをやりつづけること、石にかじりついてもやりつづけること、それ自体が才能なんですよ。
私、いつも思っとることがあるんです。 その仕事をいちばんうまくやれるやつってのは、その仕事をいちばんやりたいと思っているやつなんだと。 「やりたい、やりたい」と仕事にのめりこんでいく姿勢の中で、才能はおのずと花ひらくもんでございましょ。
唐招提寺八十一代目長老森本孝順、「私ほど煩悩の多い男はないですね。若い頃はデカダン(退廃的・享楽的)でした。それが、この寺に残ってる。不思議ですねぇ」 「どういった煩悩がおありだったんでしょうか」 「女性です。中学校を出るくらいの歳、プラトニックで真剣に考えた。命はおろか、あらゆるものを捨ててもいいという精神があった」 でも、その方は外の方と婚礼が決まった。 「もォ、耐えられなくて、百日間の無言の行(ぎょう)をやりました。その行からもらったものは空″です。頭がカラッポになって、なにもよぎるものがない。私はあらゆるものを一人で独創的にやります。それで悔いはありません」
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どうだろうか。 映画界の巨匠、山田洋次監督の「根気よくやりつづけることが才能」という言葉。 いいですね。 やり続ければその跡には何かが残る。 千円札でも1年間積み重ねていけば、36万5千円になる。 ちょっとしたものだ。 それが50年なら1,825万円にもなる。 誰もがギョッとするだろう。
唐招提寺の八十一代目、森本孝順長老の「プラトニックで命を捨ててもいいという精神があった」という言葉。 すさまじいですね。 それほど初恋は男の心が切れる純な一瞬なのだ。 初恋は男の生涯を決定づける、はかり知れないパワーをもっている。
自分がやりたいことをやり続ける。 しかも独創的にやり続け、悔いは残したくはない。 確かにそう思った。
2025.1.4
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