昨日、仲間のMが逝ってしまった。 享年73歳。 58年の付き合いになる。
高校で3年間同じクラスだった。 真面目で一本気な男だった 背が高くバスケットボールでキャプテンを務めていた。
大学は名古屋だったが、他の仲間と一緒に遊びに行ったことが2度ある。 大きな鍋でラーメンを作り、箸でつつきながら、冷や飯片手に皆で食べたことを思い出す。 あの頃は金がないので、ラーメンライスは定番だった。 腹一杯にさえなればよかった。
福井に帰ってからも、何かにつけ仲間同士が集まったものだ。 とにかく、それぞれの家に集まっては飲んだ。 麻雀もよくやった。
Mは仲間内では一番酒が強かった。 日本酒と焼酎が好きで、銘柄にこだわりを持っていた。 Mの家に集まったとき、これまた酒好きの親父さんも交じって飲んだ。 そんなとき、Mと親父さんがお仏壇のことで言い争いになって、皆が困ったことがあった。 今思えば、二人とも酒が入っていたのと和やかな雰囲気に気が緩み、些細なことでつい本音がぶつかりあってしまったのだ。 こういうことが懐かしい思い出として頭から離れない。
Mは何かにつけ独自の拘りを持っていた。 焼き鳥屋に行けば、純鶏(親鳥の串焼き)しか食べない。 我われが、白(腸の串焼き)やレバーの串焼きを注文しても、そんなもん焼き鳥と違う″といって見向きもしない。 焼酎は芋焼酎(薩摩の銘柄)のロックだ。 肉が好きでバーベキューをやれば、肉の焼き方にはうるさかった。 禁煙ブームで皆が煙草を止めても、どこ吹く風で一人だけ吸い続けてきた。
10年程前に会社を退職してから、体調が悪くなり年々衰えていった。 丈夫で長持ちを絵に描いたような男と思っていたが、単身赴任や酒が身体を虐(いじ)めたのだろう。 リハビリに励んでいたが、長い戦いに勝つことはできなかった。 愚痴ひとつ言わず、弱音を吐くこともなく、よく頑張ったものだと思う。
そんな頑張りは私にはできない。 愚痴と弱音にまみれた自分には、とても真似ができない。
嬉しかった思い出がある。 性に合わない会社勤めを辞め、資格を取るため横浜に行くと決めたときだった。 Mたち仲間が激励会をやってくれた。 本当にありがたかった。 2年で合格するつもりが3年かかってしまったが、何とかなった。 今があるのは、Mたち仲間の励ましがあったからだと感謝せずにはいられない。
Mよ、ありがとう。 先に行ってあの世で待っていてくれ。 俺たちもそのうち行くからな。 旨い日本酒と薩摩の芋焼酎持って行くからな。 そうそう、純鶏の串焼きと旨い焼肉も忘れてはいけない。 麻雀も思う存分やろうな。
合掌
(写真一番左がM、当時24歳)
2025.12.25
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