■ 仲間が逝ってしまった2025.12.25


昨日、仲間のMが逝ってしまった。
享年73歳。
58年の付き合いになる。

高校で3年間同じクラスだった。
真面目で一本気な男だった
背が高くバスケットボールでキャプテンを務めていた。

大学は名古屋だったが、他の仲間と一緒に遊びに行ったことが2度ある。
大きな鍋でラーメンを作り、箸でつつきながら、冷や飯片手に皆で食べたことを思い出す。
あの頃は金がないので、ラーメンライスは定番だった。
腹一杯にさえなればよかった。

福井に帰ってからも、何かにつけ仲間同士が集まったものだ。
とにかく、それぞれの家に集まっては飲んだ。
麻雀もよくやった。

Mは仲間内では一番酒が強かった。
日本酒と焼酎が好きで、銘柄にこだわりを持っていた。
Mの家に集まったとき、これまた酒好きの親父さんも交じって飲んだ。
そんなとき、Mと親父さんがお仏壇のことで言い争いになって、皆が困ったことがあった。
今思えば、二人とも酒が入っていたのと和やかな雰囲気に気が緩み、些細なことでつい本音がぶつかりあってしまったのだ。
こういうことが懐かしい思い出として頭から離れない。

Mは何かにつけ独自の拘りを持っていた。
焼き鳥屋に行けば、純鶏(親鳥の串焼き)しか食べない。
我われが、白(腸の串焼き)やレバーの串焼きを注文しても、そんなもん焼き鳥と違う″といって見向きもしない。
焼酎は芋焼酎(薩摩の銘柄)のロックだ。
肉が好きでバーベキューをやれば、肉の焼き方にはうるさかった。
禁煙ブームで皆が煙草を止めても、どこ吹く風で一人だけ吸い続けてきた。

10年程前に会社を退職してから、体調が悪くなり年々衰えていった。
丈夫で長持ちを絵に描いたような男と思っていたが、単身赴任や酒が身体を虐(いじ)めたのだろう。
リハビリに励んでいたが、長い戦いに勝つことはできなかった。
愚痴ひとつ言わず、弱音を吐くこともなく、よく頑張ったものだと思う。

そんな頑張りは私にはできない。
愚痴と弱音にまみれた自分には、とても真似ができない。

嬉しかった思い出がある。
性に合わない会社勤めを辞め、資格を取るため横浜に行くと決めたときだった。
Mたち仲間が激励会をやってくれた。
本当にありがたかった。
2年で合格するつもりが3年かかってしまったが、何とかなった。
今があるのは、Mたち仲間の励ましがあったからだと感謝せずにはいられない。

Mよ、ありがとう。
先に行ってあの世で待っていてくれ。
俺たちもそのうち行くからな。
旨い日本酒と薩摩の芋焼酎持って行くからな。
そうそう、純鶏の串焼きと旨い焼肉も忘れてはいけない。
麻雀も思う存分やろうな。

合掌

(写真一番左がM、当時24歳)

2025.12.25




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