今年も年賀状を書いて、昨日投函してきた。
文面は年賀状を出すようになってから、オリジナルを続けてきている。 自分が、変り映えがしないありきたりのものを貰っても、何の感動もなく誠意も感じないからである。 せっかく送ってくれたのだから、独自性あるものだと嬉しいのにと思うからだ。
あて名書きも文面も印刷したものだとがっかりしてしまう。 せめてあて名だけでも手書きして欲しい。 せめて一言でいいから何か書き添えて欲しい。
そうでなければ、誰からのものか確認するだけで終わってしまう。 後はお年玉くじの当選発表のとき、抽選番号を確認して終わりである。
最も残念に思うのは年賀状取り止め″の挨拶が書いてあるものだ。 お前のことは見限った″と言われたようで愕然としてしまう。 これが年々増えてきている。
年賀状は礼節を重んじる日本の誇るべき文化だ。
生まれた村で一緒に遊び育った竹馬の友。 小学校から大学・大学院で友情を深めた仲間。 同じ職場で働いた人。 そんな人たちとは永年会わなくても、年賀状一枚で親交の情を確かめ合うことができる。
昨年仕事を辞めてから、たとえ印刷のあて名書きでも、通り一遍の文面でも、送ってくれた人には感謝すべきだと思うようになった。 年賀はがきを買って、印刷屋やプリントゴッコで印刷して、郵便局へ出しに行く。 その手間暇を惜しまずわざわざ送ってくれる、その気持ちが嬉しい。
だから今年も心を込めて年賀状を出した。 自分の近況や想いを丁寧に書きプリンターで印刷した。 必ず一言を添えた。 もちろん宛名は手書きだ。
多いときは書くのがうんざりしたものだ。 それが今は愛おしくさえ思う。
2025.12.23
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