机の引き出しの奥に、走り書きしたA4のペーパーがあった。 走り書きだからきたない字で、何が書いてあるのか判然としないところがある。 だからこそ生々しくて、胸に迫ってくるものがある。
いつ書いたものだろう。 どうにも覚えがない。 小説を書こうとしてメモした可能性が高い。
大阪の作家養成スクールに通っていたことがある。 受講生の中には文学賞の受賞者が何人もいた。 自分もあちこちの文学賞に応募したが落選続きだった。 自信作が駄目だったときの落胆には大きく深いものがあった。 人間を捉える感性、それを表現する筆力のなさ。 打ちのめされた。
やがて小説を書くことから遠ざかってしまった。 だが小説を諦めてはいない。 たとえ文学賞を目指さなくても、たとえ下手な作品でも、自分を表現する手段として小説ほど魅力的なものはない。
机から出てきた走り書きを公開しよう。 あくまでもメモ程度のものだから、文章としては拙くて恥ずかしい。 しかしその想いは充分伝わってくると思う。 なお全体に読みやすいように、若干手を入れてある。
(走り書き)
男は女に惚れ 女は男に惚れる 惚れれば相手を理想像に育てていく そして大きな夢を持つ ところが相手との距離が近づけば その現実に 想いや夢は崩れていく
男は女の独占欲に驚く 女は男のバカさ加減驚く
女は遠くから眺めて 憧れているのがいい 男は遠くから眺めて 応援しているのがいい
あんなに美しい富士山も登ってみれば瓦礫の山だ 頂上から見る下界は美しい 花は向こうに眺めるに限る 女は遠くに置くに限る
素敵な女がいたら 心の中で楽しく想いを巡らすことだ 憧れているときが頂点なのだ
結婚する 子が生まれる それからどんどん頂点から下っていくことになる あのときの彼女はどこに行ってしまったのだ
男は夢を追う 女は現実を追う
老夫婦が一緒に散歩したり山歩きしたりしているのを見ると素敵だなあと思う 人生を共有してきたのだと思う 男も女も惚れた相手を偶像化しないことだ
2025.11.28
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