秋は果物やさつま芋のシーズンだ。
わが家は稲作農家で酪農家だったので、この季節になると秋の味覚が豊富にあった。 サツマイモ、トウモロコシ、柿、イチジク、グミなど家の周りや牧草地で豊富に採れた。
サツマイモには十三里という品種があって、栗より旨い十三里″と語呂合わせで、栗すなわち九里より旨い″といわれたものだ。 ところが栗より旨い″どころか、これがただ大きいだけで不味かった。 おそらく、戦中戦後の食糧不足の貴重な食糧のなごりで、作られ続けてきたのだろうと思う。
子供の両手に余るほども大きいから、半分に切りおおきな鍋で蒸かして食べたものだ。 口の中でモサモサするだけで甘くなく、なかなか喉を通らなかった。 それがトラウマとなって、ブランドものが道の駅やスーパーに並んでも見向きもしない。 たまに焼き芋や天ぷらで食べる機会がある。 あの頃と違い、今のさつまいもは格段に旨くなっている。 だが、金を出してまで食べようとは思わない。
トウモロコシは山の牧草地で大量に作られた。 刈られたトウモロコシを茎ごと丸々カッターで裁断し、サイロに詰め、青草のない冬の餌にするのだ。 だからトウモロコシはいくらでも採ることができた。 ところが牛の餌にするためのものだから、実がギッチリと生っているのは少なかった。 焼いたり茹でたりして食べたが、味はいまひとつ物足りなかった。 でも、サツマイモのように目を背けることはなく、そこそこに食べたものだ。 お祭りで醤油の焦げる香ばしい匂いをさせて、焼トウモロコシが売られていて人気があるようだ。 だが、一度も買って食べたことはない。
柿はサツマイモと同じで、いまでは手が出なくなっている。 家の裏に甘柿だか渋柿だか中途半端な柿の木があった。 実を齧ると運が良ければ甘いが渋いときの方が多かった。 渋いのをかじると口や舌が痺れたようになって大変な目に遭う。 それに懲りて柿をもぐことはしなくなった
村の家々ではどこでもつるし柿を軒先に下げたものだ。 それは見事なものだった。 わが家でもつるし柿を作った。 「何かない」とおやつをねだると「つるし柿でも食べときね」と母にいわれたものだ。 軒先に吊るされた中途半端に干された柿を齧ると、グチャッとしてその食感が気持ち悪かった。 大きな種が歯にあたるのも嫌だった。 いまではブランドの柿であれつるし柿であれ、まず口にすることはない。
家の裏にはイチジクの木もあった。 実は良くついた。 青いのが色づき食べごろになると、必ず絶妙なタイミングで鳥に食われてしまった。 カラスやスズメではないようだが、犯人の鳥が何だったか分からないのが悔しかったのを覚えている。
グミは青からオレンジになり赤くなれば食べごろだ。 残念なことに、これも鳥にやられてしまうので、赤くなる前にとったものだ。 渋みがあってそれほど旨いとは思わなかった。
こうして振り返ってみると、どれもこれも満足なおやつではなかったことが分かる。 村には店というものがなく、五円玉や十円玉を握りしめて買い物することがない。 だから仕方なくイモや木の実を食べていたのだ。
2025.10.23
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