選択的夫婦別姓が叫ばれている。 そのことにつき、2つの新聞が丁寧に論じている。 ポイントを捉えて、非常に解りやすく書いてくれている。
『2026.1.16日本経済新聞』
「選択的夫婦別姓を導入すべきだ」
旧姓使用に法的な効力を持たせて、旧姓使用の不便さを解消するというが、問題も多い。
第一は国際的な通用性 別名(通称)併記のパスポートは海外では理解されない。
第二は経済的な損失 2つの姓の銀行口座管理は本人にも負担だが、銀行もコストがかさむ。
第三は法制化に費やす時間やエネルギーの国家的損失 多数の法律に通称使用を認める改正は膨大な時間とコストがかかる。
第四は特定の家族観の強制による不利益 同姓義務化で改姓はキャリア悪影響や自分らしさ喪失の不利益を被る。 家族観は個人で異なる。
第五は海外からの評価 世界で同姓義務は日本のみである。
聖徳太子の時代から夫婦別姓だった。 戦後民法改正で家族制度が廃止された後も夫婦同姓だけが残るのはおかしい。 旧姓使用の法制化より、選択的夫婦別姓を導入すべきである。 (「大機小機」金糸雀)
『2026.1.30福井新聞』
「姓選択の自由 置き去り」
夫婦同姓を強制しているのは、日本だけである。 国連の女性差別撤廃委員会(CEDAW)は、日本政府に4度の勧告を行ってきた。 2024年には、民法750条(夫婦同氏)を改正しない点に懸念を示した。 CEDAWが問題視したのは、婚姻における姓の選択権そのものの不平等なのである。
選択的夫婦別姓の根幹には、二つの目的がある。 第一に、婚姻の結果ほとんどの女性が姓を変える慣習により、同一性の保持や氏名選択の自由といった人格的利益が制度的に制約されている。
第二に、行政手続きや金融機関において旧姓を使用する人が被る日常的な不便や不利益の解消である。
旧姓使用の法制化は、自分自身の同一性の保持や自由な姓の選択に向けた根本的な改善にはつながらない。 旧姓使用の法制化が、婚姻における姓の選択権不平等という問題に正面から向き合わないまま進められるのなら、日本社会は、さらに国際的な人権基準との距離を広げることになる。 (東京大学大学院教授 田中東子)
どうだろうか。 論点が整理され、その可否が明確に示されている。 なかなか考えさせられるが、結論的なところには容易にはたどりつかない。 だが、この国にとっては、避けては通れない大きな問題だ。
古い世代に区分される自分としては、正直なところ夫婦別姓には違和感しかない。 これまで夫婦同姓で、お互い法的にも日常生活にも、支障も不便さも感じたことはない。 したがって、老い先が短いことを思えば、離婚でもしない限り、今さら選択的夫婦別姓も何もあったものではない。
ところが、子や孫たち、さらにはこの国の先々に想いを巡らせば、「選択的夫婦別姓」は導入されるべきなのだろうと思う。 グローバル視点、女性的視点からすると、その必然性は高く急務の重大事なのだろうと思う。
2026.2.26
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