日清食品の「チキンラーメン」は、日本初のインスタントラーメンである。 1958年の発売だが、全国的に拡がったのは、それより3、4年後ではないだろうか。 なぜなら、1952年生まれの私が初めて食べて、こんなに旨いものがあったのかと、驚いたのが小学3、4生のとき(1960、61年)だったように思うからだ。
日清食品はその後、1963年に「日清焼きそば」を発売し、これも旨くて大ファンになった。 よく自分で作って食べたものだ。
日清食品の3つ目の大ヒットは、おなじみのカップ麺「カップヌードル」だ。 1971年の発売だから学生時代ということになる。 価格が袋麺に比べ高くて、チキンラーメンや日清焼きそばほどは食べなかった。 お湯さえあれば手軽に食べられたが、財布には痛かったのだ。
今ではどれも、ずいぶん安く買えるようになったのは有難い。 スーパーで特売していると、つい買い物かごに入れてしまう。 ところが、あの頃のように旨い!″という感動がなくなってしまった。
あの頃は、節約第一で高いものは我慢していた。 あの頃は、いつも腹を空かしていた。 だから、インスタントの袋麵は安くて旨くて助かった。
それが今では、少々高いものでも手が出せるようになった。 それが今では、いつもけだるいような飽満感を覚えるようになった。 だから、インスタントの袋麵は安くても、旨いとも助かったとも思わなくなった。
それなのに、未だに買ってしまうのは、あの頃から食べ続けてきた惰性というか、懐古というものへの条件反射なのである。 余程お腹が空いてなければ、旨いと思って食べることができない。
年寄りの繰り言の定番若い頃は良かった″ということだ。 若い頃は良かった″は、口にしないことにしている。 仲間内でも、この言葉を交わすことはない。 口にすれば、若い頃には戻れない虚しさを覚えるだけ、ということが分かっているからだ。
それよりも、今このときをいかに充実したものにするか。 今日の一日をいかに無事過ごすか。 それに尽きるのだ。 その積み重ねしかないのだ。
2026.2.18
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