■ 子どもの頃の正月2026.1.3


子どもの頃の正月を思い出す。
昭和30年代の頃だ。

正月元旦、年賀式があるので登校しなければいけない。
前日の大晦日は紅白歌合戦を観たりして、夜更かししたので母に起こされるのが辛い。
「餅、いくつ食べる?」
それにしても母は凄い。
凄いというより偉い。
誰よりも遅くに寝て、誰よりも早くに起きる。
子どもながらに、頭が下がる思いがしたものだ。

そんな母の雑煮を3つも食べると、姉兄弟(きょうだい)3人で家を飛び出す。
5年生の姉と3年生の兄が雪踏みしめた跡を、1年生の私は遅れまいと必死で付いていく。
ランドセルは背負(しょ)っていたのかどうか、おそらく持たなかったのではないだろうか。

日の丸が掲げられた講堂での年賀式に、日頃にない緊張感を覚えた。
したがって、校長先生のお話もしっかり聞いた。
教室に戻ると、紅白の饅頭が配られたので嬉しかった。
その非日常が新鮮で、正月っていいものだと思った。
学校には2時間もいなかっただろう。

帰宅するとすぐ着替えて、村の子供たちと裏山でスキーやソリをして遊んだ。
雪国の子は雪の寒さには強く元気だった。
帽子をぬげば頭から濃い湯気が靡(なび)いたものだ。

腹を空かして家に帰ると、母が定番の温かい煮しめを用意して待っていてくれた。
父が包丁で薄切りした酢ダコの足も正月の定番だ。
煮しめを食べ、酢ダコを噛んでいると、正月なんだなあ″と改めて思った。

正月を実感させられるもうひとつは、お年玉だ。
まさか10円、20円ということはない。
板垣退助の赤い百円札だっただろうが、何枚入っていたのか?
まったく記憶がない。
おそらく現金を手にしても、近所に買い物する店などないので、それを遣う術がない。
だからだろうと思う。
お年玉は。小学校の預金口座(郵便貯金)に預けた。

そんな正月が嬉しかった。
夏休みに川で泳いだり蝉取りするのも嬉しかった。
クリスマスのプレゼントとケーキも嬉しかった。
まさに子どもの頃の楽しみベスト3だ。

2026.1.3




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