「唯川恵『男と女 恋愛の落とし前』新潮新書」
恋愛小説の名手と評価されている著者は、この本で男女のこと書いている。 しかもほとんどが不倫だ。 小説を書くということは、ここまで人間を掘り下げて見る力が必要なのだということを、改めて教えてくれた。 そんな著者には畏敬しかない。
このシリーズも4回を数えた。 今回は5回目、第10話と第11話について書こう。
第10話 愛は失くしてはじめて気づくもの ――何気なく夫をディスり続けた45歳
「今、夫から離婚を切り出されています」 朱里さんは45歳、結婚生活15年、中2の娘と小6の息子がいる。 恋人の頃は恋が愛を支え、夫婦になれば情が愛を支える。 夫の不倫は「夫に告白されるまでまったくわかりませんでした」 「『朱里はいつも僕を見下していた』。決定的だったのは『こんな使えない男と分かっていたら結婚しなかったのに』と言われた時だそうです」 言葉は凶器にもなる。 彼女の発言はモラルハラスメントと認定される可能性は高い。 「夫には泣いて謝りました。だから離婚だけはしないでって」 有責は夫の方が大きいが、彼女のモラハラも有責となれば相殺される可能性もある。 これから互いに弁護士を立て向きあうだろう。 夫との戦い、夫の恋人との戦い、後悔と嫉妬に苛まれる自分との戦い、子供たちを守るための戦い。
□「ディスる」とは、相手を否定、侮辱、批判、貶(けな)したりすることで、disrespectディスリスペクトが語源。 □「モラルハラスメント」とは、道徳・倫理に反する言動・態度により、相手の人格・尊厳を傷つけ、精神的苦痛を与える嫌がらせをいう。
<神尾> 「こんな使えない男と分かっていたら結婚しなかったのに」とは、いくらなんでも酷い。 著者がいうように、まさに言葉は凶器になる。 男は、夫婦の間においても、対外的にも、常に優位でありたいと思っている。 嘘でもいいから、妻には従順なふりをしていて欲しいものだ。 それをこのように、人格を全否定するような言葉を浴びられれば、離婚を切り出すのが当然だ。 この女性は、恋人の頃は恋が愛を支えたのではなく、夫婦になっても情が愛を支えたのではない。 夫を罵倒することで、自分の優位性を保ち、夫を支配し続けてきただけなのだ。 そんな彼女を見て育ってきた子供たちも、いずれは彼女から去っていくのではないだろうか。 世の中、自分中心に回っていると思ったら、大馬鹿野郎! ・・・・・・いや、大馬鹿女郎! だ。
第11話 恋愛の奥底には負の感情が渦巻いている ――余命1年、夫と友人の不倫を知った74歳
74歳の郁代さん、76歳の夫と暮らしている。 結婚は「26歳、夫は大学の2年先輩、サークルで出会いました」 結婚後「サークルの友人・晴恵ちゃんから自分が働いている会社に再就職を誘ってくれたんです」 「働くことに慣れた頃、社長が社内不倫で相手は私ということになったが、社長はみんなの前できっぱり否定しました」 「晴恵ちゃんは、もう不倫がどうかの問題じゃない、あなたが信用できない、自分が紹介した人が原因で社内がぎくしゃくするのに耐えられないと泣かれてしまい、辞めることにしたんです」 「実は私、大腸がんで1年半と余命宣告されました」 「それでも最近少し落ち着いて、夫に不倫の濡れ衣の話をしたんです」 「すると、夫が突然頭を下げ、晴恵と30年以上も不倫していたことを白状しました」 「夫曰く、晴恵は学生の頃から私をライバル視していたそうです」 「晴恵は私を自分の下に置くことで留飲を下げるつもりだったけど、入社したら、社長が私を褒めるようになって、それが癪で、恥をかかせて追い出そうと画策したわけです」 「私は晴恵にあなたを訴えると言ったんです。あの時私が苦しんだと同じ時間を、彼女にも味わわせてやるつもりです」
<神尾> これは小説のような話であるが、現実に起こったことである。 事実は小説より奇なり″を地でいっている。 それにしても、この晴恵という女性は、執念深くて、陰湿で、策略家で、恐怖の女である。 そんな晴恵に翻弄されてきた郁代さんの夫は、身勝手で、狡くて、愚かで、馬鹿な男の典型的な姿を、よくもまあ30年ものあいだ悟られることなく、ドラマチックに演じ続けてきたものだ。 この二人には、許容的・肯定的な要素があるのだろうか。 郁代さんは74歳にもなって、これまでの結婚生活を、卓袱台(ちゃぶだい)をひっくり返されるようなことにされてしまった。 その怒りを、残り少なくなった人生の支えとして、強く生きていって欲しいものだ。 女は強い生き物なのだから。 これがもし、男女逆のケースだったら、男はそのダメージに立ち直ることは出来ないだろう。 男はダメな生き物なのだから。
2026.2.12
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