■ 馬齢を重ねる2026.1.29


今日、1月29日は私の誕生日である。
昭和27年1月29日生れだから、満74歳になった。
「馬齢を重ねる」という言葉がある。
自分のことを謙遜して、無駄に歳を取ったことをいう。

自らを振り返ると、決して馬齢を重ねてきたとは思わない。
自分の人生に無駄はなかったと、自信を持って言える。
これまで何度も書いてきたことだが、今あるのは必然的、かつ、意義あることを重ねてきた結果であると信じている。

振り返ってみれば、人生は緩急を繰り返すものであることが分かる。
失敗したり、恥ずかしい思いをしたり、取り返しのつかないことをしたり、余りにも無駄ばかりしてきたようだ。
だが、それらがあるからこそ、それらを踏み台にして次の有意義を生んだのだ。
無駄に思えたことが、今という必然性を招いたのだ。

74年も生きることが出来て、今こうして、物が書けて、本が読めて、元気に歩けて、美味い酒が呑める。
馬齢どころか、有意義な歳を重ねてきたからだと信じている。

ところで、「馬齢」が何故、謙遜する言葉に使われるのか。
三省堂『新明解語源辞典』(小松寿雄・鈴木英夫編)を紐解いてみた。

中国に「馬歯」「犬馬之歯」という言い方があった。
「歯」は年齢の意。
「馬」や「犬」は卑しいという意味で使われることがあるので、「馬歯」「犬馬之年」ともに、自分の年齢を卑下した表現となる。

なるほど、中国で「馬」は卑しいものとされているのだ。
日本では、人に従順で賢く力があり役立つもの、との親しみを込めたイメージがある。
全く逆であることが意外だ。

因みに今年は「うま年」であるが、漢字では「午年」と書き「馬」ではない。
ネットで検索してみた。
「午(うま)」は、古代中国で方角や時刻を示す記号だった。
象形文字の起源「杵(きね)」に由来し、陰陽が交差する位置を意味する。
草木の成長が衰えの兆しを見せ始めた状態を表す「忤(ご)」が語源とされている。
十二支に動物を割り当てる際、覚えやすくするため「馬」が選ばれた。

馬齢を卑下することなく、あと10年「馬齢を重ねて」いきたいと思っている。

2026.1.29




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