風呂に入りサッパリして、TVを観ながら、好きな刺身や煮物をつまみにビールを呑む。 一日の中で最も心が安らぐ時間だ。
酔っぱらうことは先ずないが、ほどほどに酔いはくるから、その解放感はいいものだ。 チョッピリ気が大きくなっている自分に気が付く。 そんなとき、いろんなことに想いを巡らす。 大きなことや、出来っこないと思っていたことが、手に届くような気になってくる。 実現可能性があると思い、現実か(?)のように錯覚してしまうのだ。 たった2、3本の缶ビールと焼酎お湯割り1、2杯が、現実たる現実を忘れさせる。
気になっているあの女性(ひと)にアプローチしてみようとか、がまんしていたこと、あきらめていたことが出来るのではないかと、気が大きくなっている自分がいる。 それが楽しくて仕方がない。 だから呑むことが好きだ。 どうせ明日の朝、目が覚めれば、そんなことは不可能だと分かる。 だけど、その解放感がよくて呑む。 わかっちゃいるけど やめられない″のだ。
わかっちゃいるけど やめられない″といえば、ハナ肇とクレィジ―キャッツの「スーダラ節」を思い出す。 私が小学4年、昭和36(1961)年の大ヒット曲だ。 リードボーカルの植木等(ひとし)、そのキャラがとても愉快でよかった。 やや前にかがみ両腕を身体の前で交差させながら、「ア ホレ スイスイ スーダララッタ スラスラ スイスイスイ・・・・・・」と、調子よく歌うのがとても受けた。
青島幸雄:作詞 萩原哲晶:作曲
チョイト一杯の つもりで飲んで いつの間にやら ハシゴ酒 気がつきゃ ホームのベンチでゴロ寝 これじゃ身体に いいわきゃないよ 分かっちゃいるけど やめられねぇ
ア ホレ スイスイ スーダララッタ スラスラ スイスイスイ スイスイ スーダララッタ スラスラ スイスイスイ スイスイ スーダララッタ スラスラ スイスイスイ スイスイ スーダララッタ スラスラ スイスイスイ
実は、「ハシゴ酒 気がつきゃ ホームのベンチでゴロ寝」したことがある。 会社勤めをするようになって、大酒飲みの課長に付き合わされてハシゴ酒をしたときのことだ。 JR(当時は国鉄)福井駅で普通列車に乗り、芦原温泉駅で降りるつもりが、気が付いたら金沢駅のホームのベンチで寝ていたのだ。 駅員に起こされ、乗り越し料金と戻りの運賃を払わされ、折り返しの列車で帰った。 その頃の国鉄職員は今と違い、お役所のごとく偉そうで、客をぞんざいに扱ったものだ。 持っていた手提げバッグは無くすし、散々な目に遭ってしまった。 忘れることのない23歳の大失敗である。
他にも乗り過ごしてしまったことは何回かある。 わかっちゃいるけど やめられない″のだ。
2026.1.28
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