子どもの頃の正月を思い出す。 昭和30年代の頃だ。
正月元旦、年賀式があるので登校しなければいけない。 前日の大晦日は紅白歌合戦を観たりして、夜更かししたので母に起こされるのが辛い。 「餅、いくつ食べる?」 それにしても母は凄い。 凄いというより偉い。 誰よりも遅くに寝て、誰よりも早くに起きる。 子どもながらに、頭が下がる思いがしたものだ。
そんな母の雑煮を3つも食べると、姉兄弟(きょうだい)3人で家を飛び出す。 5年生の姉と3年生の兄が雪踏みしめた跡を、1年生の私は遅れまいと必死で付いていく。 ランドセルは背負(しょ)っていたのかどうか、おそらく持たなかったのではないだろうか。
日の丸が掲げられた講堂での年賀式に、日頃にない緊張感を覚えた。 したがって、校長先生のお話もしっかり聞いた。 教室に戻ると、紅白の饅頭が配られたので嬉しかった。 その非日常が新鮮で、正月っていいものだと思った。 学校には2時間もいなかっただろう。
帰宅するとすぐ着替えて、村の子供たちと裏山でスキーやソリをして遊んだ。 雪国の子は雪の寒さには強く元気だった。 帽子をぬげば頭から濃い湯気が靡(なび)いたものだ。
腹を空かして家に帰ると、母が定番の温かい煮しめを用意して待っていてくれた。 父が包丁で薄切りした酢ダコの足も正月の定番だ。 煮しめを食べ、酢ダコを噛んでいると、正月なんだなあ″と改めて思った。
正月を実感させられるもうひとつは、お年玉だ。 まさか10円、20円ということはない。 板垣退助の赤い百円札だっただろうが、何枚入っていたのか? まったく記憶がない。 おそらく現金を手にしても、近所に買い物する店などないので、それを遣う術がない。 だからだろうと思う。 お年玉は。小学校の預金口座(郵便貯金)に預けた。
そんな正月が嬉しかった。 夏休みに川で泳いだり蝉取りするのも嬉しかった。 クリスマスのプレゼントとケーキも嬉しかった。 まさに子どもの頃の楽しみベスト3だ。
2026.1.3
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