“ドスン”という音に目が覚める。
泥棒の闖入かと緊張感が走る。 だるくて重い全身に汗が噴き出る。 昨夜は飲みすぎて戸締りを忘れたのかも知れない。 行く年来る年に浮かれ気分で油断してしまったようだ。 恐怖感に身体が固まってしまい、布団から抜け出ることが出来ない。 頭ははっきりしているのだが動悸が激しく息苦しい。 これが金縛りにあうということなのか。
書斎に入られると置いてある金が心配だ。 でも金はこんなときに備えて3箇所に分散してある。 誰にも分からないようにしてあるつもりだが、プロの目にはどうということはないかも知れない。 机の上に置きっぱなしにしてある財布だけなら、損害軽微なのだが。 それで納得して、出てってくれればいいのだが。 でも10万円以上は入っているから、損害軽微などと言ってはいられない。 それに運転免許証とカードが4枚入れてある。 いつもならきちんと蔵うのに失敗したな。 盗るのは現金だけにしてくれればいいのだが。 こんなことなら昨日、我慢せずにあの鞄を買っておけばよかった。
奴はどこにいるのだろう。 リビングにいてサイドボードでも探っているのだろうか。 もしそうなら壊れた扉を開ければ大きな音がする筈だ。 4つある引き出しもきつくてガタピシしてしまう。 新聞代やクリーニング代など、封筒に分けておいたことがあったけど、最近はそうしていない。 だからどこを探しても金は出てこない。
奴はこわい男だろうか。 もし隣の部屋に入ってきたらどうしよう。 寝たふりをしてやり過ごそうか。 奴はおそらく箪笥を探すだろう。 和箪笥と洋箪笥があるが、奴が欲しがるようなものは何も蔵っていない。 長いこと使ったことのないカフスボタンが、確か5万円で一番高いものだ。 だから貴金属など金目のものはない。 そもそも指輪とかネックレスとかいうような装身具には興味がないし、そんなチャラチャラしたものは嫌いである。 それにしても俺は持ち物の少ない男だ。 笑ってしまう。
いや今は笑ってなどいられないのだ。 この部屋の長押の角に杖が差し渡してある。 痛風の発作に襲われたときに買ったものだ。 これで奴と戦おうか。 まさか気の弱い俺にそんなことが出来る筈がない。 第一、金縛りにあってしまっているじゃないか。 このまま布団に潜むのが精一杯だ。 こんなとき空手とか柔道が遣えるといいのだけどな。 でも俺は運動音痴で、子供の頃から何にもやってこなかったものな。
奴は一体どんな男なのだろう。 元旦早々仕事するなんて不粋な人間だ。 しかも選りによって俺の家を狙うことないだろう。 そういえば、去年は近所で3軒も泥棒に入られたっけ。 そのうち1軒は2度もやられている。 「知らない人が知らぬ間に、家の中を物色したと思うと本当に怖い」 「あれからこの家が生理的に受け入れられなくなってしまった」 美人と評判の奥さんが、蒼い顔をして訴えていたものだ。 これらの犯人は手口が似ており同一犯と思われているが、未だに捕まっていない。 そのやり方は、袋小路にあるような周りから見えにくい家に狙いをつけ、しつこく電話を架け、予め不在の時間帯を確認した上で侵入するというものである。 家にも何度も電話してきている。 受話器を取るとすぐに切る。 1度や2度なら間違い電話と思うが、何度もあると不気味でしかない。 警察は一体何をしているんだ。 今家にいる奴はこの空き巣狙いとは違うだろう。
それにしても図々しい野郎だ。 元旦の今日は初詣があるから、いつ人が歩いていても目立たないわな。 おそらく手馴れたプロなのだろう。 もしそうなら、家人に気付かれたときのために刃物を持っているかも知れない。 どうしよう、強盗だ。 怖い。 早く金を持って出てってくれ。 運転免許証もカードも構わないから、財布ごと持っていってくれ。
あん、何だかいやに静かだな。 床音がミシリともしない。 それに外が随分と明るいようだ。 恐るおそる枕元の携帯電話を手で探り、時間をみると10時過ぎ・・・。 明るい筈だ。 勇気を出して布団から抜け出し、腹這いで襖を静かに開け、廊下を窺ってみる。 書斎もリビングもドアは閉まったままである。 思い切って廊下に出、書斎のドアの前に立つ。 心臓が別の生き物のようである。 腰が抜け落ちそうである。 そっとドアノブを回す。
床には郵便物の差し込み口から放り込まれた、年賀状の分厚い束が転がっていた。
俺は一瞬の後、思わず股間に手をやり、慌ててバスルームへ駆け込んだ。
間、髪を入れず、口さがない女房と2人の娘が姦しく2階から降りてきた。
了。
※平成18年10月 新風舎「第5回新聞に載らない小さな事件コンテスト」 佳作入賞作品
2006.1.3
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