君はよくやったと思うよ。 お父さんが交通事故で亡くなったけど、その悲しみをのりこえ志望大学に合格した。 奨学金とアルバイトで、お母さんに負担をかけることなく、四年で法学部を卒業した。
そのお母さんも、一人息子の君の卒業を見届けると、掃除婦の仕事中に心筋梗塞で急死した。 無理が祟ったようだ。 君は涙も涸れはて、しばらくは就職もせず自暴自棄になったけど、弁護士事務所に勤めながら予備試験から司法試験に合格した。 本当によく頑張った。
司法修習を終え弁護士登録を済ませこれからというときに、大学受験以来の勉強と奨学金返済の無理がその若さを踏みにじった。 クライエントとの打合せ中に意識を失い、気が付いたときは病院のベッドの上だった。 医師からは絶対安静を言い渡され、仕事に復帰できる身体ではないと宣告された。
君はその口惜しさを原稿用紙に書き殴った。 それを読んだ小説家志望の友人は、君に無断でその作品をS文学新人賞に応募すると、審査員の絶賛を博し受賞してしまった。 そればかりでなく、翌年にはその作品が文学界の最高峰といわれるA賞まで受賞し、本は百万部のベストセラーを記録した。
君は一躍時代の寵児となった。 マスコミにひっぱりだことなり、雑誌には雑文を書いたりして二、三年は忙しい思いをしたが、一発屋で終ってしまった。 蓄積のない俄か作家の君には、次の作品を書く地力(じりき)がなかったのだ。
君はその喧騒に、弱っている身体を鞭打つことになり、再入院をしてしまった。 ベッドに起き上がれるようになってから、君は医師の目を盗んで、また何か始めたそうじゃないか。 いったいこれから何をしようとしているのだ。 どうか無理はしないで欲しい。
私は君のお父さんとは、孤児院で兄弟のように育った。 だから、両親を亡くした君の父親代わりとしての責任があると思っている。 一度じっくり話しあおうじゃないか。
2018.9.24
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